(前回の記事はこちら→茅ヶ崎のアイスクリーム屋さんと言えばPlenty’s)
――― 長谷川さんの学生時代の話を教えてください。
長谷川 平塚の七夕通りの端っこに実家があるのですが、商店街が通学路だったせいか、商店の人たちには親しみ持ちつつ育ったと思います。
――― いわゆる“商店街のお店屋さん”に親近感があったのですね。
長谷川 そうですね。友達にもそこの子どもが多かったのでよく遊びに行きましたし、賑やかな商店街の雰囲気が好きでした。
そういう商店街のお店とお客さんの距離感というか、雰囲気を茅ヶ崎の雄三通りに反映できないかと考えたりします。
――― 商店主になろうと思い始めたのはいつ頃からですか?
長谷川 その商店街の話を含め色々なきっかけがあるんですけど、例えば高校生のときにニューヨークで入ったハードロックカフェに興奮したり、トム・クルーズ主演の映画「カクテル」を観て、バーテンになりたいと思ったりとかですね。
↓学生時代の長谷川さん(車の免許取りたて)
――― 高校卒業後は進学されたのですか?
長谷川 自分としては高校を卒業して早く働きたかったのですが、親からは進学を勧められて、しぶしぶ情報処理学校に行くことにしました。
ただ、簿記の授業が終わったらもう興味がなくなってしまい、1年も経たずに学校には行かなくなりました。
――― 学校に行かなくなったことについては、親に反対されませんでしたか?
長谷川 よく覚えてないんですが、あまり言われなった気がします。と言うのも、僕の兄が「寅さん」みたいな生き方をしているおかげかも知れません。
いま48歳ぐらいだと思うんですけど、今でも旅人をやってるような人ですから、それを見ている親からすれば私なんて(笑)
――― なるほど(笑)それで、学校に行かない代わりに働き始めたのですね。
長谷川 はい。なりたかったバーテンの働き口が見つからず、仕方がないのでカレー屋に面接に行ったら、なぜか「カレー屋じゃなくて串揚げ屋が良いぞ」と言われました(笑)
色々と腑に落ちませんでしたが、その人の知り合いの串揚げ屋さんで働くことになりました。
――― 大人の事情が垣間見えますね(笑)
長谷川 ですね(笑)その後、バーテンの働き口も見つけることができたので、深夜は念願のバーテンとして働くことになりました。
串揚げ屋さんでは4年間働いたのですが、これ以降も、頼まれて引き受けることの連続でキャリアを積んでいくことになります。
(次回につづく→頼まれたら、引き受ける。)
【雄三通りで会える人 Plenty’sの長谷川さん】
・1話目 茅ヶ崎のアイスクリーム屋さんと言えばPlenty’s
・2話目 商店街で育った学生時代
・3話目 頼まれたら、引き受ける。
・4話目 毎日がスタートのお店を作りたい